管理栄養士として日々栄養指導を行う中で、糖質制限を実践した方の血液検査結果に、特徴があることに気づきました。体重は減り、中性脂肪は下がり、HDLコレステロール(以下HDL-c)は上がる一方で、LDLコレステロール(以下LDL-c)が顕著に上昇するケースが少なくありません。経験的に「糖質制限がLDL-c上昇の原因になっている」と感じる場面が多く、なぜこのような現象が起こるのかを栄養学的に考えてみました。
1. 糖質制限による代謝のシフト
通常、私たちの体は糖質を主なエネルギー源としています。糖質を制限すると、脂質やタンパク質の摂取量が増え、体は脂質やタンパク質を代替エネルギー源として利用するようになります。この「代謝のシフト」によって、脂質摂取量が増え、肝臓での脂質代謝が活発化します。特に飽和脂肪酸の摂取が増えると、肝臓でのLDL産生が増加し、血中LDL-c値が上昇します。
2. 飽和脂肪酸とLDL受容体の関係
飽和脂肪酸は肝臓のLDL受容体の働きを抑制することが知られています。LDL受容体は血液中のLDLを取り込み、分解する役割を担っていますが、その働きが弱まると血中にLDLが滞留しやすくなります。さらに飽和脂肪酸はVLDL(超低密度リポタンパク質)の産生を促進し、それが代謝されてLDLへと変換されるため、結果的にLDL-cが増加します。
3. 食事性コレステロールの影響
糖質制限食では肉類や卵、乳製品など動物性食品の摂取が増える傾向があります。これらは食事性コレステロールを多く含み、血中LDL-cに直接影響します。特に遺伝的に「レスポンダー(食事性コレステロールに敏感に反応する人と呼ばれる人)」は、食事性コレステロールの量が増えると顕著にLDL-cが上昇します。
4. 食物繊維不足の影響
糖質制限により穀類や果物の摂取が減ると、水溶性食物繊維の摂取量が不足します。水溶性食物繊維は胆汁酸の排泄を促進し、肝臓でのコレステロール合成を抑制する働きがあります。食物繊維不足はこの調整機能を弱め、結果的にLDL-c上昇につながります。糖質制限を行う場合でも、野菜や海藻、きのこ類を十分に摂ることが重要です。
5. LDL粒子のサイズ変化
興味深いのは、糖質制限でLDL-cが上昇しても、LDL粒子の性質が変わる点です。糖質制限では中性脂肪が減少し、HDL-cが増加するため、LDL粒子は「大粒子型」に変化しやすくなります。大粒子型LDLは小型で密度の高い「small dense LDL」に比べて動脈硬化リスクが低いとされます。つまり、数値上はLDL-cが上がっても、必ずしもリスクが増すわけではないようです。
6. インスリン抵抗性との関連
糖質制限はインスリン分泌を減らし、脂肪分解を促進します。その結果、遊離脂肪酸が増加し、肝臓でのVLDL産生が増え、LDL-cも増加します。一方で、インスリン抵抗性が改善するため中性脂肪は減少し、脂質代謝全体としては改善する場合もあります。つまり「LDL-c上昇」と「脂質代謝改善」が同時に起こる複雑な現象なのです。
7. 個人差の存在
栄養指導の現場で強く感じるのは、糖質制限によるLDL-c上昇には個人差が大きいということです。遺伝的要因(APOE遺伝子型など)によって、脂質やコレステロールに敏感な人とそうでない人がいます。ある人は糖質制限でLDL-cが大きく上昇し、別の人はほとんど変化しない。経験的にも「レスポンダー」と「ノンレスポンダー」が存在することを実感します。
まとめ:糖質制限とLDL-cをどう捉えるか
糖質制限は体重減少や中性脂肪低下、HDL-c増加などのメリットがあります。しかし同時に、飽和脂肪酸や食事性コレステロールの摂取増加、食物繊維不足などによってLDL-cが上昇する可能性があります。
この点を踏まえ、糖質制限を行う際には以下の点が重要です。
- 飽和脂肪酸(バター、生クリーム、肉の脂)を減らし、不飽和脂肪酸(魚油やオリーブ油)を増やす
- 野菜や海藻、きのこ類で食物繊維を補う
- 肉類やチーズなどコレステロールの多い食品は量を減らす
- 定期的に血液検査を行い、LDL-cの変化を確認する
糖質制限はメリットもありますがデメリットもあり、個人差を考慮した調整が必要です。科学的なメカニズムを理解しながら、より安全で持続可能な食事療法を行うことを推奨しています。糖質制限を行う場合は、ご相談ください。
参考
- 日本内科学会雑誌 第106巻 第4号 「食事・運動療法の可能性と限界」
- 厚生労働省「生活習慣病と食事の関連」
- Nagoya Journal of Nutritional Sciences 第2号(2016年) 「脂質異常症改善を目的とした栄養指導の検討」
- 厚生労働省 e-ヘルスネット 「脂質異常症」「食事とコレステロール」
- 日本動脈硬化学会「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版」
コメント