令和6年度の国民健康・栄養調査結果が発表されました。肥満者(BMI25 kg/m2 以上)の割合は 20~60 歳代男性の34.0%、40~60 歳代女性の肥満者の割合は 20.2%で、働き盛りの男性の3人に1人、ミドル世代の女性の5人に1人が肥満であるということです。
それでは、太らないためにはどうしたら良いのでしょうか。お勧めは「腹八分目」です。
「腹八分目」という言葉は、古くから日本に伝わる健康の知恵として知られています。これは単なる精神論ではなく「カロリー制限(Caloric Restriction: CR)」という科学的根拠に基づいた健康法として注目されています。
「腹八分目」がなぜ体に良いのか、そのメカニズムを解説します。
1. アンチエイジング:サーチュイン遺伝子の活性化
「腹八分目」がもたらす最大の恩恵の一つは、「サーチュイン遺伝子(長寿遺伝子)」の活性化です。
飢餓状態がスイッチを入れる
サーチュイン遺伝子は、体内のエネルギーが不足気味になった時に活性化する酵素を司っています。飽食の状態ではこの遺伝子は眠ったままですが、摂取カロリーを約20〜30%抑える(=腹八分目)ことでスイッチが入ります。
サーチュインの働き
活性化したサーチュイン遺伝子は、細胞内のDNAの修復を促し、細胞の老化を抑制します。また、ミトコンドリア(細胞のエネルギー工場)の質を高め、効率よくエネルギーを生み出せるように調整します。これにより、全身の組織の老化が遅れ、寿命が延びる可能性が多くの動物実験(酵母、線虫、マウス、アカゲザルなど)で証明されています。
2. 細胞の自浄作用:オートファジーの促進
2016年に大隅良典教授がノーベル生理学・医学賞を受賞したことで知られる「オートファジー(自食作用)」も、腹八分目と深く関わっています。
細胞内の「ゴミ掃除」
オートファジーとは、細胞内にある古くなったタンパク質や壊れた器官を、自分自身で分解してリサイクルする仕組みです。この機能が活発になると、細胞内が常にクリーンに保たれます。
食べ過ぎが掃除を邪魔する
常に胃に食べ物が入っており、血糖値が高い状態(インスリンが高い状態)では、細胞を成長させる司令塔であるmTOR(エムトール)というタンパク質が活性化し、オートファジーにブレーキをかけてしまいます。
腹八分目によって意図的に「少し足りない」状態を作ることで、インスリン値が下がり、オートファジーが強力に促進されます。これが、アルツハイマー病やガンの予防に寄与すると考えられています。
3. 酸化ストレスの軽減とミトコンドリアの保護
私たちは食事を消化・代謝する過程で、必ず活性酸素を発生させます。活性酸素は細胞やDNAを酸化(サビ)させ、老化や病気の原因となります。
代謝の負担を減らす
摂取カロリーを抑えることは、そのまま「代謝の回数を減らす」ことにつながります。代謝を主に行うミトコンドリアがフル稼働すれば活性酸素が増えますが、八分目の稼働であれば活性酸素も抑えることができます。
近年の研究では、腹八分目の生活を送ることで、血液中の酸化ストレスマーカーが有意に低下することが確認されています。
4. 糖代謝とインスリン感受性の向上
生活習慣病の多くは、血糖値を下げるホルモンである「インスリン」の効きが悪くなる(インスリン抵抗性)ことから始まります。
膵臓を休ませる
満腹まで食べると、急激に上がった血糖値を下げるために膵臓から大量のインスリンが分泌されます。これが繰り返されると膵臓は疲弊し、細胞はインスリンの刺激に慣れてしまいます。
腹八分目を守ることで、血糖値のスパイク(急上昇)を抑え、インスリン感受性(インスリンの効きの良さ)を高く維持できます。これは、糖尿病の予防だけでなく、「内臓脂肪の蓄積」を防ぐ有効な手段です。
5. 脳への影響:BDNFの分泌促進
「腹八分目」は脳の健康にも寄与します。
脳由来神経栄養因子(BDNF)
適度な空腹状態(カロリー制限下)では、脳内でBDNFというタンパク質の合成が高まることが知られています。BDNFは「脳の肥料」とも呼ばれ、神経細胞の生存を助けたり、新しい神経回路の形成を促したりします。
これにより、認知機能の低下を防ぎ、うつ状態の改善やメンタルの安定に寄与することが示唆されています。
6. 更年期女性における「腹八分目」の意義
更年期の女性にとって、腹八分目は単なるダイエット以上の意味を持ちます。
- エストロゲンの減少をカバー: 閉経前後はエストロゲンの減少により、基礎代謝が低下し、コレステロール値が上がりやすくなります。腹八分目は、内臓脂肪蓄積を防ぎ、代謝の低下を補うための最も合理的防衛策です。
- 血管の保護: カロリー制限は血管内皮機能を改善します。エストロゲンによる血管保護作用を失いつつある更年期以降、食事量を控えることは動脈硬化や高血圧のリスクを直接的に下げます。
7. 満腹を感じるまでの「20分のタイムラグ」をうめる
科学的に「腹八分目」を成功させる鍵は、脳の満腹中枢の仕組みにあります。
食事を始めてから、脂肪細胞から分泌される「レプチン」という満腹シグナルが脳に届くまでに、約15〜20分のタイムラグがあります。早食いをしてしまうと、脳が「お腹いっぱい」と感じる前に、物理的な胃の容量の限界(120%など)まで食べてしまうのです。
改善するためのアプローチ
- よく噛んで食べる: 咀嚼自体が神経ヒスタミンを介して満腹中枢を刺激します。
- 食事の時間を20分以上かける: シグナルが脳に届くのを待ちます。
- 「まだ食べられる」で箸を置く: 脳が満腹を感じる一歩手前で止めることで、20分後にはちょうど良い満足感に包まれます。
まとめ
「何を食べるか」も大切ですが、最新の科学は「いかに食べ過ぎないか」こそが、健康寿命を左右する最大の要因であることを教えてくれています。特に年末年始のような飽食の時期に、この「腹八分目」を意識することは、未来の自分への最高の投資になるでしょう。
参考
- Colman, R. J., et al. “Caloric restriction delays disease onset and mortality in rhesus monkeys.” Science (2009).
- Mattison, J. A., et al. “Caloric restriction improves health and survival of rhesus monkeys.” Nature Communications (2017).
- Imai, S., & Guarente, L. “It takes two to tango: NAD+ and sirtuins in aging/longevity control.” NPJ Aging and Mechanisms of Disease (2016).
- Mizushima, N., & Komatsu, M. “Autophagy: renovation of cells and tissues.” Cell (2011).
- Bagherniya, M., et al. “The effect of fasting or calorie restriction on autophagy induction: A review of the literature.” Ageing Research Reviews (2018).
- Ravussin, E., et al. “A 2-Year Randomized Controlled Trial of Human Caloric Restriction: Feasibility and Effects on Predictors of Health Span and Longevity.” The Journals of Gerontology (2015).
- Kraus, W. E., et al. “2 years of calorie restriction and cardiometabolic risk (CALERIE): exploratory outcomes of a multicentre, phase 2, randomised controlled trial.” The Lancet Diabetes & Endocrinology (2019).
- Mattson, M. P., et al. “Impact of intermittent fasting on health and disease processes.” Ageing Research Reviews (2017).
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