人生100年時代

筋肉疲労の原因は乳酸ではない、筋肉痛はなぜ起こるのか/体力の正体は筋肉(6)

<体力の正体は筋肉/第2章:体の動くところに筋肉あり(2)>
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筋肉が疲れるのは乳酸が原因ではない

老いはまた、日常生活の活動量の減少を招きます。

長い間体を動かさなかった人が運動をはじめると、すぐに息が荒くなってきついと感じるようになり、疲れ果てて体は動かなくなってしまいます。

こうした疲労はなぜ起きるのでしょうか。

これまでは、「疲労物質である乳酸が筋肉にたまるから」とまことしやかに語られてきました。

酸素の供給が少ない条件のもとで、骨格筋を動かすエネルギーとなる「アデノシン三リン酸(adenosine triphosphate:ATP)」という物質が生み出される過程において、乳酸という物質がつくられます。これが老廃物として骨格筋のなかに蓄積され、筋細胞内のpH(ペーハー、酸性とアルカリ性のバランス)を低下させると酸性化が極端に進み、筋肉がエネルギー不足に陥って円滑な動きができなくなってしまうという説明でした。

しかし今では、複数の研究によって、この説は否定されるようになりました。

活性酸素によって攻撃された脳の疲労

実験によれば、疲労によってたしかに乳酸の濃度は高くなり、筋肉のパフォーマンスの低下は見られるのですが、なかには低下が見られない動物もいるので、乳酸が直接の原因であるというエビデンス(科学的証拠)にはつながりません。

また、乳酸は老廃物ではなく、酸素が供給されれば再びエネルギー源として利用されますし、筋肉内のpHも一定の範囲内に保たれています。

したがって、疲れて体が動かなくなるのは、骨格筋内に蓄積された乳酸が筋肉の疲労をもたらしたからではなく、活性酸素によって攻撃された脳の疲労(自律神経の中枢の疲労)によるものという説が提唱されています。つまり、筋肉そのものが疲れているだけではないのです。こうした最新の科学が解明した疲労の正体は、東京疲労・睡眠クリニックの梶本修身院長の著書『すべての疲労は脳が原因』(集英社新書)で詳述されています。

筋肉痛はなぜ起こるのか

急に激しい運動をしたり、同じ筋肉を使いすぎたり、長時間慣れない姿勢を続けたりすると、次の日あたりに体が痛いと感じることがよくあります。これが、筋肉痛です。

朝起きたら、どうも体のあちこちが痛い。なぜだろうと考えてみたが、前の日に部屋の片づけで少し重い荷物を運んだ以外に原因が思い当たらない―「えっ、こんなことで筋肉痛!」と、どうにも情けない経験をしたことはないでしょうか。

筋肉痛もまた、乳酸が原因だと思っている方が多いかもしれませんが、そのようなエビデンスはなく“俗説”にすぎません。

ふだん体をあまり動かさない人が無理な動きをすると、筋線維やまわりの結合組織にミクロの傷がつきやすくなります。そこから侵入した微生物による感染から筋線維を守るために、白血球などの血液成分が集まってきて拡張した血管から細胞内に出てきます。そこで起きるのが、「炎症」です。

この炎症によって、生体防御に重要な役割をする「サイトカイン」という痛みを発する物質がつくられますが、これが筋肉を包んでいる筋膜を刺激すると感覚神経が反応して、筋肉が痛いと感じられるのです。

筋肉痛の多くは少し時間がたってから生じるので、「遅発性筋痛」とも呼ばれます。時間差があるのは、筋線維には痛みを感じる神経はなく、しばらくして炎症が起きてからでないと痛みを感じないためです。

筋肉痛の箇所をマッサージする、38℃くらいのぬるめのお湯にゆっくり浸かって血行をよくするセルフケアは、痛みの原因であるサイトカインを取り除くのに効果的です。

もし、1週間近くたってもなかなか痛みがとれなかったり、1箇所に急激な痛みがあったりするときは、なにかの病気や骨折などのケガが原因とも考えられますので、すぐに医師の診断を受けましょう。

肉離れはアスリートだけに起こるケガではない

陸上競技、サッカー、野球、体操など、激しい動きをする競技中やトレーニング中によく起きるのが肉離れで、それで試合を欠場するアスリートがかなりいます。

調査対象が高校生とちょっと若いのですが、インターハイ全国大会に出場した選手のケガのうち、全種目を通してもっとも多いのが肉離れで、続いて脚関節の捻挫、骨折、疲労骨折、腱・靭帯損傷の順になっています。

肉離れを起こした箇所も調査されていますが、全種目を通して太もも(大腿部)のうしろ、太ももの前、ふくらはぎの順になっています(『陸上競技ジュニア選手のスポーツ外傷・障害調査インターハイ出場選手調査報告~第1報(2014年度版)~』日本陸上競技連盟)。

肉離れという言い方は、通称です。筋肉に強い収縮力が働くと、筋肉自体(筋線維や筋膜)あるいは筋肉と骨とを結ぶ腱が、過大な力に耐えられずに断裂、つまり切り裂けてしまうので、正式には「筋断裂(筋損傷、筋膜損傷)」といわれます。

起こりやすいのは、太ももの大腿内転筋、大腿屈筋、大腿直筋や、ふくらはぎの腓腹筋、アキレス腱など下半身で、前述の調査結果とも一致します。

肉離れを経験した人の話では、ブチっという音がして、筋肉が切れたという感覚がはっきり分かるといい、強い痛みをともない、断裂した箇所には内出血が起きます。すぐに冷やし、弾性の包帯で固定して整形外科を受診する必要があります。完治するまでには、長い時間を要します。

「自分はアスリートではないから」といっても、油断はできません。急に全力疾走したり、かなり重い物を急に持ち上げたりするとだれでも起こりますから注意しましょう。

(つづく)

体力の正体は筋肉

樋口満 早稲田大学スポーツ科学学術院名誉教授

体力の正体は筋肉

シニアにとって、体幹と下半身の筋力トレーニングは自立した健康的な生活に不可欠。そのため、自宅で誰でもできる最強のトレーニング方法を紹介します。さらに、筋肉を強くする仕組みや、筋力をつけることがなぜ重要なのか、筋肉に最適な食事についても啓発していきます。

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樋口満

早稲田大学スポーツ科学学術院名誉教授

身体活動・座位行動科学研究所顧問。教育学博士。名古屋大学理学部化学科卒業。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。専攻は健康スポーツ科学、スポーツ栄養学。ハンガリー体育大学名誉博士。日本スポーツ栄養学会・日本体育学会名誉会員。第20回秩父宮記念スポーツ医・科学賞。

  1. 筋肉疲労の原因は乳酸ではない、筋肉痛はなぜ起こるのか/体力の正体は筋肉(6)

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