早稲田大学スポーツ科学学術院の樋口満名誉教授の著書から、「大人の健康」に役立つ情報を連載していきます。まずは、2018年に発刊され、今もなお読み続けられている「体力の正体は筋肉 (集英社新書) 」から抜粋してお届けします。
はじめに
これまでは疲れも知らず、元気いっぱい働いてきたけれど、ある程度の年齢に達して、このところ何となく体力の衰えを感じるような気がするという人々が多くいます。
最近はまた、「子どもの体力が低下した」「あの選手は体力がない」などと、体力という言葉を日常よく耳にするようになりました。
体力は、「日常生活を無理なく行うことができる能力」と定義されることがありますが、なんとなく分かったようで、やはりよく分かりません。
時代とともに求められる体力は変化してきており、今日ではしばしば、健康と結びつけて「健康体力」のように使われることも多くなっています。
わが国の平均寿命は世界のトップクラスで、それには保健医療システムの向上が大いに貢献してきましたが、身体的に自立した生活を送ることができる健康寿命はそれほど長くなっていません。
そこで、いかに働き盛りの年齢層が健康体力を保ちながら生活し、高齢になっても元気に自立して生きていくだけの体力を保てるかが大きな健康課題となっていますが、その根底には筋肉の衰え(筋肉量の減少と筋力の低下)があります。
私は長年、加齢にともなう体力低下の原因を、健康の保持増進、さまざまな生活習慣病の予防との関連で科学的に解明しようと努めてきました。
そのなかでも特に、日常の身体活動、運動、スポーツにおいて主として使われる筋肉(骨格筋)に着目して、体力とはなにかを見つめ、体力低下の予防、体力向上の意義を明らかにするのが研究の主眼でした。
筋肉は、私たちの体のなかではもっとも大きな器官であり、成人の男性で体重の約40%、女性で約30%を占めています。
しかしながら、スポーツ選手を除けば、脳や心臓、肝臓、腎臓などのような臓器・器官に比べて研究対象としての筋肉の地位は相対的に低く、日常生活においてもその存在や役割に対する関心が薄かったように思われます。
そこで本書において、あらためて筋肉の価値を再評価し、体力と筋肉を関連づけて考えてみたいと思い立ったわけです。
近年の交通や通信システムの高度化が、座りすぎの生活を含む著しい運動不足(身体活動量の減少)を招き、食生活の欧米化とあいまって、健康体力は著しく低下しています。肥満が世界的に蔓延し、筋肉の病気ともいえる糖尿病などの生活習慣病が広がるなど、筋肉の衰えが生活の質(QOL:Quality of Life)低下の大きな要因となっており、健康寿命の延伸を妨げています。
現代社会において、苦しくつらい肉体労働からようやく解放され、楽に動く(移動する)ことができるようになったにもかかわらず、なぜわざわざ運動をしなければならないのかと不思議に思っている人もいるでしょう。学校の体育の授業で無理やり運動させられて、運動は楽しくないと思っている人もいるかもしれません。
そのような人が、「健康のために運動をしましょう」「運動をして増え続ける医療費を削減しましょう」などと言われても、なかなか運動をする気にはなりません。
実際、健康のために運動やスポーツを日常的に行っている人は、健康により関心が高い高齢者を除けばそれほど増えていませんし、「仕事が忙しくて運動をする時間がない」「運動をする施設が近くにない」などと言い訳をしながら、運動とは無縁の生活をしている人がとても多いという現実があります。
私は、体を動かすことは「体苦」であってはならず、楽しく動かすことができる「動楽」でなければならないと考えています。多くの人々に愛好されているミュージックが「音楽」と訳されているように、日常の運動を含めた広い意味でのスポーツが「動楽」として日常生活に組み込まれていくことが理想です。
一度しかない人生をいきいきと送るために、体を動かすことそれ自体を楽しみ、自分自身の体力を適正レベルに保ち、健康を保持することにより健康長寿を実現することを、本書を通じて強く願う次第です。
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