海苔は世界に羽ばたく名バイプレーヤー
私たち50代が子どもの頃は、家庭の食卓に必ず海苔があったことと思います。おかずのバリエーションがそれほどない時代。朝ごはんだけでなく、夕ごはんでさえも、海苔がごはんのお供としてそっと寄り添ってくれていたのではないでしょうか。
そう、海苔ほど「脇役でありながら確固たる存在感」を持つ食材は、多くありません。おにぎりの外側、ラーメンのトッピング、寿司を巻く黒い帯…決して主役ではないけれど、ないと物足りないものとして、海苔はまさに日本食文化の“準主役”となっています。

不漁・高騰、家庭での消費は減少傾向
そんな海苔は、日本人の中で最も食べられている海藻です。しかし、水産庁によると、生産量は1990年代に年間100億枚のピークに達したものの、2000年代に入ると低迷。2023年度は49億枚と半減するまでになりました。しかも、その大半は業務用として使われており、家庭内での消費は年々減少しています。
地球温暖化による海水温上昇や病害の影響によって不漁が続き、価格が高騰しているのがその一因です。5~6年前には全形(縦21cm×横19cm)10枚入りが200円程度で買えたのが、現在では500円を超えるほど。物価高もあいまって、“主役”以外を取り入れなくなっている食卓の貧困化も背景にあります。
太古の昔から、海苔は私たちの美容と健康を保つ大きな役割を担ってきました。健康を意識しなければならない「大人世代」は、今こそ食卓に海苔を取り入れるべきではないでしょうか。
東京・浅草で明治27年創業、130年の歴史を持つ海苔の老舗、小善本店の商品開発部の小林智則開発本部長、小岩裕司部長に、日本人と海苔の歴史、栄養面、食卓に取り入れる工夫について話を聞きました。
日本人と海苔の歴史―乾燥に強く生き延びてきた
海苔の歴史は古く、飛鳥時代の大宝律令(710年)には、すでに「のり」の名が登場しています。当時は、浜辺の岩に生えた天然海苔を摘み取って食べていたようです。

小林開発本部長は「海苔は、実は生命力そのものは弱いんですが、乾燥に強い利点を生かして生き延びてきたんです。潮の満ち引きで水中でも空気中でも絶えて、種を絶やさずにきたんですね」と話します。「自分の弱さを知りながら強味を生かし、岩にしがみついてでも生き延びてきた」と聞くと、海苔に対する愛着がぐっと高まってきます。
今のシート状になったのは江戸時代。この頃、東京湾を中心に養殖が始まったことと、和紙すき技術を取り入れて海苔を紙状に広げたことにより、手軽に食べられる形になったといいます。江戸前寿司とともに、屋台文化の1つとして広がっていきました。

昭和20年代になると、イギリスの藻類学者キャスリーン・メアリー・ドリュー=ベーカー博士が、海苔の糸状体(しじょうたい)がカキの殻で夏を過ごしていることを発見。この研究成果が近代養殖の確立につながり、昭和30~40年代に大量供給の時代を迎えます。生産地域も東京湾から有明海など各地へ拡大していくのです。
海苔の栄養価―大人の美容と健康に
海苔は「海の野菜」と呼ばれるほど、栄養価の高い食品です。主な栄養素を挙げてみましょう。
✅たんぱく質=乾燥重量換算で全体の約4割がたんぱく質で構成されています。全形1枚(約3g)だけで約1.2gのたんぱく質を摂取でき、筋肉や皮膚、臓器などの材料となる重要な栄養素です。
✅食物繊維=水溶性食物繊維が含まれ、便秘解消や生活習慣病予防に役立ちます。全形1枚(約3g)でレタス1/4個やバナナ1本と同じくらいの食物繊維が摂取できます。
✅ミネラル=カルシウム、鉄、亜鉛、カリウム、マグネシウムなどを含み、骨や血液の健康を支えてくれます。
✅ビタミン=ビタミンA、B群を多く含み、目の健康や疲労回復に効果。ビタミンC、Eによる抗酸化作用、コラーゲン生成促進、シミ・シワ予防、肌のハリ・弾力維持が期待できます。
✅機能性成分=血中コレステロールを低下させる働きをもつEPAも含まれています。
さらにうまみ成分も含まれています。グルタミン酸・イノシン酸・グアニル酸と3大うまみ成分がすべて含まれている珍しい食品です。
このように豊富な栄養成分の中でも、特に見逃せないのは「生活習慣病予防」と「美容効果」。少量で効率よく栄養が取れるうえに低カロリーのため、海苔は罪悪感なく口にできる、まさに“スーパー食材”なのです。
加えて、小林開発本部長は「あくまでも主観ですが、海苔業者は長寿が多い」笑いながら語ります。とはいえ、海苔は一度に大量に食べるものでもありません。ちょい足しやトッピングで栄養価を底上げするといいでしょう。
※ヨウ素の摂りすぎについて
海苔に含まれるヨウ素は甲状腺ホルモンを作るためにとても重要ですが、摂りすぎると甲状腺機能障害(甲状腺機能低下症や甲状腺機能亢進症)につながる可能性があります。一般的に日常生活で食べる量では過剰摂取になることは稀ですが、海苔を食べる場合、1日に全形1枚(3g)を2~3枚を目安にするのがよいでしょう。
海苔の価格と消費の変遷―贈答品から家庭、世界へ
かつて海苔は高級品でした。「昭和30年代の高度成長期には、お歳暮といえば、高級海苔の詰め合わせ。軽くてお届けするのも適していた」(小岩部長)と、贈答文化の象徴でした。
バブル崩壊後、海苔の贈答文化が衰退し、代わりに安価な海苔がスーパーに並ぶようになりました。さらにパン食が広がることで米食の機会が減ったため、家庭で海苔を食べる機会が減少していきました。
そのような環境で海苔は、コンビニが全国的に浸透していく中、「コンビニおにぎり」として食べられていきます。コンビニおにぎりは戦略として、スーパーで主流になっている安価な海苔よりも品質が高い海苔を使用することで差別化を図っていきました。その結果、家庭で作るおにぎりよりもコンビニのおにぎりの方がおいしいという逆転現象が生まれたのです。

日本人における消費減少の一方で、海苔は今、世界へと飛び出しています。おにぎりブーム、ラーメンブームとともに欧米でも認知されるように。当初は「黒いシート状の食べ物」に抵抗を示していた欧米の人々も、今では受け入れています。
ここでも「主役」ではないけれど、なくてはならないものとして、海苔は確固としたポジションを確立しているのです。
家庭で海苔を取り入れるアイデア
海苔はシート状に成形されており、調理不要でそのまま食べられます。長期保存も可能で、軽くて持ち運びにも便利。家庭に常備しておきたい食品です。
「罪悪感なく食べられるヘルシーさが、大人の食卓に海苔を取り入れる最大の魅力です」と小林開発本部長は話します。
使い方としては、日常の食卓にちょい足しするのが最適。例えば、朝食の味噌汁に散らす、サラダにトッピングする、チーズやナッツと一緒におつまみにするなど、取り入れ方は無限大です。

小善本店では「のりあーと®」「のりカケルくん」といったユニークな商品を子ども向けに展開する一方、大人向けには「ザクのりチップス」というおつまみ海苔を開発。「海藻なのにスナック感覚」で食べられる商品が広がっています。
後編「のせて包んで混ぜて、海苔を使った簡単レシピと食卓が盛り上がる豆知識/海苔でいこう(後編)」では、小善本店が提案する海苔を使った簡単メニューと、海苔の豆知識をお伝えします。
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