階段を上ると息が切れる。朝、せきやたんが出る。以前より歩くのが遅くなった…。
そんな変化を「年齢のせい」「運動不足だから」と見過ごしていませんか。
COPD(慢性閉塞性肺疾患)の診療に長年携わり、日本呼吸器学会指導医で、COPD診療ガイドラインの作成にも携わる東濃中央クリニックの大林浩幸院長は、現在たばこを吸っている40代・50代に対し、「今すぐたばこをやめなさい」と語気を強めます。
たばこを吸うたびに、体内ではどのようなことが起こっているのか。前編は、喫煙によるCOPDのリスクと、40代・50代から禁煙する意味をお伝えします。【聞き手・飯田みさ代】
COPDは、息を吐き出しにくくなる病気
若い頃から喫煙習慣があると、40代・50代になってCOPDを発症し、せきやたん、息切れなどの症状が現れる人がいます。

COPDとは、たばこの煙などに含まれる有害物質を長期間吸い込むことで、肺に慢性的な炎症が起こり、空気の流れが悪くなる病気です。
COPDになると、肺では、主に2つの変化が進みます。
1つは、空気の通り道である気管支の壁が腫れ、たんが増えて、気道が狭くなる変化です。もう1つは、肺の奥で酸素と二酸化炭素を交換する肺胞が壊れる変化です。
健康な肺胞は、小さな袋がブドウの房のように集まっていますが、肺胞の間にある壁が壊れると、小さな袋が一つの大きな空洞のようになり、空気を効率よく入れ替えられなくなります。
COPDは、単に空気を吸い込みにくくなるだけではなく、吸い込んだ空気を十分に吐き出せないことから、次の空気を吸いにくくなり、息苦しさを感じるのです。
一度壊れた肺胞を元の状態に戻すことは困難です。早い段階で気づき、肺へのダメージをこれ以上重ねないことが重要です。
たばこの煙で免疫細胞が「銃を乱射」する
なぜ、たばこの煙によって肺が壊れてしまうのでしょうか。
煙に含まれる有害物質が肺へ入ると、体は異物が侵入したと判断します。異物を排除するため、好中球やマクロファージなどの免疫細胞が集まり、炎症を起こします。
免疫は、本来、体を守るための仕組みです。
しかし、毎日のようにたばこの煙が入ると、免疫細胞が興奮した状態が続きます。異物を攻撃するために放出した物質が、正常な肺の組織まで傷つけてしまいます。
大林先生は、その様子をアメリカのSFアクション映画「プレデター」に例えます。
「たばこの煙で免疫細胞が興奮状態になり、映画『プレデター』のように、姿の見えない敵に向かって銃を乱射しているイメージです。敵を倒そうとしているのに、周りの壁まで壊してしまう。肺の中でこれが繰り返されると、肺胞の壁も壊れていきます」
1本吸うたびに新たな異物が入り、免疫細胞が反応するということを繰り返すことで、正常な肺の組織まで少しずつ傷ついていくのです。

肺の中の“高速道路”が狭くなっていく
COPDでは、肺胞だけでなく、空気の通り道である気管支にも炎症が起こります。気管支の壁が腫れ、たんが増えることで、空気が通れる幅が徐々に狭くなっていきます。
「高速道路に荷物や障害物が落ちていて、車が通れる幅が少しずつ狭くなっていくようなものです」
大林先生は、この状態を“高速道路”に例えます。
まだ道幅に余裕があるうちは、多少の障害物があっても車は流れるように、肺機能が少し低下した段階では、日常生活で大きな不便を感じません。
その障害物が大きくなれば、道路がさらに狭くなって渋滞するように、肺も空気の通り道が狭くなり、息切れが現れてくるのです。安静にしているときは問題がなくても、階段を上る、坂道を歩く、早足で移動するなど、多くの空気を必要とする場面で息切れが起こります。

「年齢のせい」と思ううちに進行する
COPDの主な症状は、せき、たん、体を動かしたときの息切れです。ただし、症状はゆっくり進むため、本人が気づきにくいという特徴があります。
- 朝、せきやたんが出る
- 風邪のあと、せきが長引く
- 階段や坂道がつらくなった
- 同年代の人について歩けなくなった
- 外出がおっくうになった
息切れを感じると、人は無意識のうちに苦しくならない生活を選び、体を動かす機会が減ります。
体を動かさなければ、全身の筋肉が落ち、筋肉が減ると、同じ動作でも体への負担が大きくなり、さらに息が切れやすくなります。すると、もっと動かなくなる…
という悪循環が、COPDによる生活機能の低下を加速させます。
肌や髪に影響、老化を早める
たばこが傷つけるのは、肺だけではありません。たばこの煙に含まれる有害物質は血液に入り、全身を巡ります。血管、骨、筋肉にも悪影響を及ぼします。
血管では動脈硬化が進み、心筋梗塞や脳卒中などのリスクが高まります。
骨では骨粗しょう症が進みやすくなります。特に40代・50代女性は、女性ホルモンの減少によって骨密度が低下し始める時期です。喫煙が重なれば、骨折のリスクも高まります。
筋肉量や筋力が低下するサルコペニアも、COPDのある人に併存しやすい問題です。
動脈硬化、骨粗しょう症、サルコペニアは、いずれも自立して生活できる期間を短くする要因です。
肌や髪への影響もあります。喫煙による血流の悪化や酸化ストレスは、肌のくすみ、しわ、たるみなどを目立たせ、見た目の老化を早める一因になります。
たばこは、体を外側と内側の両方から老化させ、健康寿命を短くする可能性があるのです。

40代・50代の禁煙は、決して遅くない
「何十年も吸ってきたのだから、今さらやめても変わらない」
そう思う人もいるかもしれません。
しかし、たばこをやめれば、新たな有害物質が肺へ入り続けることを止められます。喫煙を続けると呼吸機能の低下が加速しますが、禁煙によって、その低下を遅らせることができます。
COPD治療の基本は禁煙です。
「長く吸ってきたから、今さら遅いということはありません。特に40代、50代の今こそ、たばこをやめてほしいのです」(大林先生)
自分の意志だけで禁煙するのが難しい場合は、医療機関に相談する方法もあります。喫煙をやめられない背景には、ニコチンへの依存が関係しています。意志の弱さだけの問題ではありません。
禁煙に加え、食事、運動、睡眠を整えることも大切です。
必要な栄養を取り、筋肉を落とさない範囲で体を動かし、十分な睡眠を取る。こうした生活習慣は、残された肺の機能を生かし、COPDの悪化を防ぐ土台になります。
運動によって、壊れた肺胞が再生するわけではありません。筋力や体力を保つことで、同じ動作を少ない負担で行えるようになり、息切れを軽くする効果が期待できます。
自分の未来を守るために今すぐ禁煙
COPDは、症状が強くなるまで気づきにくく、一度壊れた肺を元の状態に戻すことが難しい病気です。「まだ苦しくないから」と吸い続けるのではなく、症状が軽いうちに禁煙することが重要です。
旅行へ行く。仕事を続ける。家族と出かける。自分の足で好きな場所へ歩いていく。
40代・50代でたばこをやめることは、そうした未来を守る選択です。
また、たばこの影響を受けるのは、吸っている本人だけとは限りません。
現在の40代・50代は、家や車、職場、飲食店などで、たばこの煙を避けにくい時代を過ごしてきました。
後編では、自分では吸っていなくても、知らないうちに浴びてきた受動喫煙が、肺の成長や将来のCOPDにどう関わるのかを紹介します。